Social Responsibility と市民権

 23, 24日はグローバルCOEプログラムの一環でSocial Responsibility (SR) の講義を受けに東京へ行っていました。1つ1つの講義の情報量がとても多く、2日間10:00から19:00くらいまでみっちりでしたので、結構疲れましたが。正直言って、今まで数限りなく受けた講義の中で、最も重要な講義だったのではないかと感じています。

 企業や個人が商品やサービスを生産したり消費したりする経済活動が、環境破壊や貧困といった社会的問題を生み出す原因となっていること意識して、そのような問題を生み出さないように配慮すること、それがSocial Responsibilityだと僕は理解しました。

 今回は特に企業の (Corporate) Social Responsibility; CSR を中心に話していましたが、実際にはどんな組織・個人にも通じることです。各人・組織がSRを実践することは持続可能な社会を作る上で必須のことです。この講義ではSRについて様々な観点から体系的に、しかも、第一戦で活動されている方々から直接話しを伺うことができ、とても有意義でした。近年、閉塞感が叫ばれている日本ですが、何が問題なのかをちゃんと認識すれば、むしろ前向きな気分になるものです。ISOでもSRのガイドラインを策定しており2009年9月には発表されるそうです (ISO 26000)。

 何名かNGOの方も発表されていました。NGOは知っていても非営利とか非政府とかということに惑わされて、NGOの本質がなんなのかを見落としていたのですが、要するに誰に頼まれたわけでもないのに社会的問題を解決するために個人が集まって作った組織なんですね。これは責任ある「市民」としての自覚にもとづいた行動をする人達ですね。日本は明治から第二次世界大戦をへた後、制度上は民主国家となりましたが、江戸幕府や明治の太政官の昔から、多くの日本人にとって政治とは政府が決めたことに従うというということでした。今でも政府や政治家は一部の経済有力者の影響力が強いように感じます。近年日本でもNGOが増えてきてましたが、そう考えると、明治時代から大正、昭和、平成ときて、ようやっと民主主義が浸透してきたのかなと思います。

 そう考えてみると、SRと市民権の関係が重要かなという気がしてきました。ローマ市民権を「与えられた権利」にしたことがローマ衰退の一因と言われてます。SRを教育プログラムに組込んで、選挙権や被選挙権などいくつかの重要な権利は、その結果得られる「獲得権」にするというのも面白い気がします。選挙権の年齢を18歳に引き下げるという議論がありますが、SR教育とセットとして行なうなら、これは効果が大きいかも知れません。青臭い若者はジャスティスに敏感ですからね。

 さて、僕は何をしようか? あなたはどうしますか?

 講義の概要を一緒に参加した富田君がまとめてくれているのでそちらもどうぞ。
 http://motoshi.tk/index.php?Web%C6%FC%B5%AD%2F2009-05-24%2FSR%B3%D8I