有性生殖と遺伝子ネットワーク

 昨日のセミナー後、眠すぎて死んでいた。ちなみに紹介した論文はこちら。次は自分の研究の発表をしなきゃ。ちなみにセミナーで発表した研究のベースとなっている論文は(実はこれも以前セミナーで発表した)、僕の現在の研究始めるためにあたって超重要な役割を果たしたものです。今回の論文はその論文をもとに有性生殖の進化という方向に発展したもので、僕の方は遺伝子ネットワークの構造の進化という方向に発展したものなのです。
 
ちなみに紹介した論文と、セミナー要旨はこちら。
セミナー要旨は、論文自体の要旨とは異なるものです。以下には僕自身の解釈が含まれており、あくまでも参考のために提示するものです。)


 Sexual Reproduction Selects for Robustness and Negative Epistasis in Artificial Gene Networks
 Ricardo B. R. Azevedo et. al.
 Nature, vol. 440, pp. 87-90 (2006) doi:10.1038/nature04488

 有性生殖には様々なコスト(1.一個体だけでは繁殖できない 2.最適な遺伝子の組み合わせが組み替えにより崩される、など)があるにも関わらず、有性生殖は多くの生物で見られる繁殖様式である。そのようにコストのかかる有性生殖が、なぜ生じ維持されるのかというメカニズムについては、いくつかの仮説が提唱されている(1.組み換えは適応的な遺伝子の組み合わせも生じさせる、2.遺伝的多様性が高い子孫を生じるので環境変動下で有利である、3.組み換えにより有害突然変異を効率的に染色体中/集団中から排除できる、など)。

 それらの中で、3.組み換えにより有害突然変異が効果的に染色体中/集団中から排除できる、という仮説は「Mutational deterministic model」と呼ばれている。これは有性生殖では、組替えが起きるために有害突然変異を一部の子供にまとめてしまうことにより、自然選択が有害突然変異を集団中から排除する働きを促進するというものである。しかし、有性生殖がこの働きを持つためには、一般に突然変異が次のような性質を持っている必要がある。

「複数の有害突然変異が合わさると、その有害性が相乗効果により増加する。」

(※突然変異の有害性は単なる足し算になるのではなく、複数の突然変異が合わさると有害性がもっと増すということ。ちなみに、有害突然変異が蓄積するにつれて、個々の有害性が増すような場合を、負のエピスタシス。有害性が緩和されるような場合を、正のエピスタシスという。下図参照)

 有害突然変異の間にそのようなタイプの相互作用(負のエピスタシス: negative epistasis)があると、有害突然変異を複数持つような個体は集団から効果的に排除されてゆくので、有性生殖は無性生殖に対して有利になる。Mutational deterministic modelはこのように、概念的には面白いのであるが、負のエピスタシスが生じる分子的メカニズムや、なぜそのようなエピスタシスが進化的に生じるのか、ということを調べるのが困難であることが難点であった。

 本研究では、突然変異間の負のエピスタシスは、有性生殖を行なうことの結果として、進化することを示す。

 我々は遺伝子ネットワークモデルを用いて、有性生殖集団と無性生殖集団をそれぞれ世代を重ねさせた。その結果、有性生殖では遺伝子の組替えが起きることにより、生物は組み替えが起きても致死にならないような遺伝的頑健性を持つように自然選択が働く、そして、この自然選択に対して頑健性を高めるように遺伝子ネットワークが進化することの副産物として、突然変異間の負のエピスタシスが生じるということを、明らかにした。

 この結果は、遺伝子ネットワークを持つ生物に、もしも何らかの原因により有性生殖が出現した場合には、有性生殖(=組替え)の働きにより、突然変異に負のエピスタシスが生じるので、有性生殖の有利性が確立され、有性生殖が確実に維持されることを示している。

 このことは、有性生殖自体が有性生殖の維持を促進する効果を持っていることが、多くの生物で有性生殖が見られる原因であることを示唆している。