種分化と適応:進化生態機能ゲノミクス

 Shimikenさんことチューリヒ大学の清水健太郎さんが来仙された。清水健太郎さんは、野外で観察される適応や種分化の背景にどのような遺伝的なメカニズムの変化があるのかという問題について、モデル生物のシロイヌナズナの近縁種であるタネツケバナ属の種を対象とし、ゲノムレベルでアプローチする研究を展開している。
 今回は特に倍数化(=ゲノム重複)の適応的な利点に関する研究と、自殖(=自家和合性)の進化に関するお話でした。
 倍数化は生物の形質の多様化に大きく貢献してきたと考えられている。倍数体や遺伝子重複がどのような環境下で有利なのか、なぜ有利なのかということに関しては昔から議論のあるところです。シロイヌナズナの遺伝子重複やゲノム重複に関しては前にセミナーで発表した論文が基礎知識になってラッキーだった。要約するとここでは近縁な親種2種とその雑種である雑種倍数体(異質倍数体)の生息環境の比較から倍数体の適応的利点を考察していた。親種2種はそれぞれ乾燥した環境と湿った環境に生息しているのだけれど、倍数体の雑種は親種よりも生育環境が広いらしく乾湿が変動するような環境下に生育しているらしい。なぜ倍数体が変動環境で有利になるのかは謎ですが、遺伝子発現量のパターンに着目してマイクロアレイで発現を解析中らしいです。この辺りは僕の研究とも密接に絡んでいるので個人的にも結果が楽しみです。
 もう1つは、自家和合性の進化の遺伝的メカニズムについて、植物では自家和合性の進化が何度も平行に進化しており、かのダーウィンも自殖の進化について植物を使って研究していたそうです。前に取り上げたこの研究の話と関連してるのですが、シロイヌナズナのいくつかの系統で自家和合性は独立に進化したらしく、それぞれに系統で自家不和合に関わる相同な遺伝子に独立に変異が生じたことによって自家和合性が進化したこと、またその進化が最近数万〜数十万年くらいの期間で起こったこと、さらに自殖の進化によりシロイヌナズナでは花が小さくなる進化が起きたのですがこれも比較的短い期間で急速に進化したことなどを紹介していただきました。
 これまでは生物の進化の解析というと、ごく少数の遺伝子のコード領域の配列や発現の比較により行なわれていたけれど、ごく近縁種においても染色体構成などのゲノム構成が異なる場合があるので、種間の形質の違いなどを考える場合には単なる塩基配列アミノ酸配列の違いだけではなく、ゲノム構成の違いを考慮する必要がある。つまり、個々の遺伝子に関しては配列は異ならなくても、ゲノム中の遺伝子構成に違いがあることにより形質の違いは生み出され得ると言うことだと思う。点突然変異などの小スケールの突然変異に加えて、ゲノム重複などの大スケールなゲノム構成の変化を考慮すること(ゲノミクス)はこれからの生物学の流れの一つなのだろう。
 どうでもいいんだけど、進化生態学で扱われてきたような問題に対してゲノム情報を使ってアプローチするのが進化生態機能ゲノミクス(Evolutionary Ecological Functional Genomics)なのだと思う。しかし、「機能; functional」という言葉は必要なのかな。この言葉はゲノミクスに包含されるのではないか。進化生態ゲノミクス(Evolutionary Ecological Genomics)、これだけで扱う問題に対して必要かつ十分な言葉ではないか。